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新潟地方裁判所 昭和31年(行)5号 判決

原告 山崎栄代治

被告 新潟県知事

訴訟代理人 板井俊雄 外三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告が昭和三十一年三月二十六日付新潟県指令農経第七七五号をもつてなした、三条市農業共済組合に対する合併認可処分は無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として次のとおり述べた。

被告知事は、昭和三十一年三月二十六日付新潟県指令農経第七七五号をもつて三条市農業共済組合に対する合併認可処分をなした。しかしてその三条市農業共済組合は、従前存した同名の三条市農業共済組合、本成寺農業共済組合、大島農業共済組合及び大崎農業共済組合の各組合が合併してあらたに設立されたものとされているが、右大崎農業共済組合についてはその合併議決は次のように法律上不存在ないし無効のものであり、なお他の三組合との間になされた合併契約も代表権限のない僣暦称者によつてなされた無効のものである。

まず右合併議決及びこれに伴う設立委員の選任等についていえば、その議決等のなされた右大崎農業共済組合の同年二月五日開催の第三回臨時総会は招集権限のないものによつて招集された。そのゆえんは左のとおりである。右総会の招集は同組合の理事と称する訴外山田勝蔵等によつてなされたが、同人等は元来理事の資格を欠くものであつた。すなわち同人等は同組合が昭和三十年五月八日三条市大字東大崎永明寺において開催した第七回通常総会において前任の理事十一名の任期満了による退任に伴いあらたに理事に選任されたこととされているが、元来理事の選任は農業災害補償法の定めるところに従い投票による選挙の方法によるべきところ、右総会では、この方法によらずして、たまたま立候補者が定款に定められた理事の定数十一名にみたなかつたので、その立候補者山田勝蔵、阿部一男、荒井信一、五十嵐芳衛、佐藤助治、長谷川弥次郎、横山国雄、富樫作次、土佐信司、藤田九平治の十名をそのまま理事に当選したこととしたものであるばかりでなく、右総会開催当時における同組合の選挙権者総数は七百三十七名であるところ、右総会における本人出席は三百二十六名であり、同組合定款附属書「農業共済組合役員及び総代選挙規程」が総会における選挙について要求している選挙権者総数の半数以上の出席という要件をみたしていないもので、右総会においては本来役員の選挙をなし得なかつたものであり、いずれにしても右理事の選任は違法無効のものであつた(それにも舁河原拘らず山田等は法定の投票録、開票録、選挙録等の書類を偽造して恰も適法に投票の方法による選挙が行われたもののように装い、同年七月十五日役員変更の登記を経由し、理事として右組合の運営に当つたものである)。しかるに右山田等は理事会と称して総会の招集を決定して組合員にその招集通知をなし、前記のように開催された第三回臨時総会において前記三組合との合併議決及び設立委員の選任が行われたものである。しかのみならず右決議及び選任も所定の出席定足数を欠いてなされた。すなわち同総会開催当時大崎農業共済組合の議決権総数は七百三十八であつたところ本人出席は二百九十八名でその半数に達していなかつたものである。もつとも右総会において代理人をもつて議決権を行使した者が百三十三名あつたことは認める。次に合併契約についていえば、右合併議決のなされた第三回臨時総会に先だち昭和三十一年一月二十六日に前記山田勝蔵は、右のように理事の資格がないのに組合を代表するものとして他の三組合の代表者との間に各組合における合併議決を停止条件とする合併契約を締結したものである。

かくて前記臨時総会において選任された設立委員等は他の組合の委員とともに新設組合の設立手続を進めて、被告知事に合併の認可を申請し、前記のように同知事が認可をなしたものであるが、右のように大崎農業共済組合における本件合併についての合併議決、これに先だつ合併契約等の手続はいずれも法律上不存在ないし無効のものに帰するから右合併認可も無効のものというべく、合併前における三条市農業共済組合の組合員であつて合併により設立されたものとされる同名の組合の組合員とされた原告において、右合併認可の無効なることの確認を求めるものである。

被告の主張に対しては次のとおり述べた。

一、当時の農業災害補償法第八十一条については、右は組合の正当な役員がなした瑕疵ある行為に関する規定であつて、本件のように法律上不存在ないし無効である議決及び選挙等についての規定ではなく、又組合役員でない者が役員としてなした組合合併に対する救済規定でもないから本件には適用がなく、従つてその適用あることを前提とする被告の主張はいわれがない。

二、訴の利益については、原告は本件合併認可処分の無効であることが確認されることにより、三条市農業共済組合(本件合併後のもの)の組合員たる地位にあることを免れる関係にあり、右は当然原告の法律的地位に影響があるものというべきであるから、原告は右無効確認を訴求する利益を有するものである。

三、認可処分の性質については、県知事のなす農業共済組合の合併認可は、農業災害補償法第二十五条所定の要件をみたす場合に始めてなされるものであり、しかも右認可は合併の効力発生要件であるから(同法第四十八条第三項)、合併議決ないしその手続に瑕疵がある場合においては、その瑕疵を理由として合併の効力を争う方法以外に、同一の理由に基づいて県知事のなした合併認可処分の効力を争うことも当然許されるべきものである。

四、次に本件認可処分の効力についていえば、被告は前記山田等の理事の選任が無効であるとしても、同人等のうち山田を含めた被告主張の五名は右選任前理事であつたもので任期満了により退任したものであるから、後任の理事が有効に選任されるまでは理事の職務を行うことができるといい、右五名が任期満了により退任したものであることはそのとおりであるが、山田等十名は前任の理事の退任と同時に後任の理事に就任した旨役員変更の登記を経由したもので、農業災害補償法第七条の規定によれば、同法の規定により登記すべき事項は登記後においては第三者に対坑しうるものであり、役員の変更は登記事項とされているから(同法第六十二条、第五十九条第二項)、右登記によつて前任の理事が退任した事実はこれをもつて第三者に対坑し得ることとなつたものである。従つてこのような場合には理事が欠けたものとして仮理事め選任に関する同法第四十二条、民法第五十六条の規定が適用され、退任理事がなお職務を行うこととした農業災害補償法第三十二条第三項の規定が適用されるものではない。

また仮りに前記五名が、被告主張のように退任理事として後任の理事が有効に就任するまでその職務を行うことができるとしても、同法第四十二条、民法第五十二条第二項の規定により法人の事務は理事の過半数をもつて決すべきところ、前記第三回臨時総会の招集は、右山田等五名のほか退任理事ではない阿部一男、荒井信一、五十嵐芳衛、長谷川弥次郎、富樫作次等五名が理事として参加して決定したものであるばかりでなく、また前記規定に「理事の過半数」とあるは、理事定数の過半数の意味と解すべきであるが、訴外組合の理事の定数は前記のように十一名であるから、六名以上の理事の同意が必要であるにも拘らず、右招集の決定は、その要件をもみたしていないものである。従つて右総会の招集の手続はいずれにしても違法であり、その総会においてなされた合併議決、設立委員の選任等は法律上不存在ないし無効のものというべきである。もつとも前記退任理事中重泉三次、阿部寅吉の両名が被告主張の日にそれぞれ死亡したことは認める。かように述べた。

被告指定代理人等は主文同旨の判決を求め、次のとおり述べた。

一、まず当時における農業災害補償法第八十一条(現行の同法第百四十二条の七がこれに照応する)によれば、「組合員が総組合員の十分の一以上の同意を得て、総会又は総代会の招集手続、議決の方法又は選挙か法令、法令に基いてする行政庁の処分又は定款に違反することを理由として、その議決又は選挙若しくは当選決定の日から一箇月以内に、その議決又は選挙若しくは当選の取消を請求した場合において、行政庁は、その違反の事実があると認めるときは、当該議決又は選挙若しくは当選を取り消すことができる。」旨規定し、右は農業共済組合における議決や選挙の効力を速やかに確定して組合の迅速なる事業の遂行に遺憾ならしむるとともに、農業共済組合の運営いかんは、直ちに組合員たる農業者が不慮の事故によつて受けた損失の補填に重大な影響を及ぼすものであるから、組合員の議決又は選挙に関する紛争については、裁判所に対し訴訟による救済を求めるに先だち日常監督の衝にあつて当該組合の内外情勢に精通する行政庁をして時宜適切な措置をとらせる必要があることに基づくものであり、しかも右趣旨からいえば該規定は、総会等の招集手続、議決の方法、又は選挙等に存する瑕疵の程度が比較的軽微である場合は勿論、その程度が重大であつて法律上不存在ないし当然無効であると目される場合にも適用あるものというべきである。従つてかかる場合、一般に組合員はまず同規定所定の要件に従つて行政庁にその救済を求め、しかるのちはじめて裁判所に対し、救済の適否に関する行政訴訟を提起しうるにとどまり直接裁判所に訴を提起してその救済を求めることは許されないと解すべきである。しからば大崎農業共済組合の前記第七回通常総会及び第三回臨時総会の招集手続、役員選挙、合併議決等に原告主張のような瑕疵があるとしても、原告は同法第八十一条に従い行政庁に対してその救済を求めるべきであつて、この手続を経ないで直ちに訴訟を提起することは許されないものである。

二、そうでなくとも、原告は本件合併認可処分の無効確認を求める法律上の利益を有しない。けだし、原告はその主張のような地位にあるからといつて、右処分によりなんらその権利を害されたものには当らないからである(賦課金等について見ても原告の主張に従えば、本件合併は無効であるから、これによつて設立された組合は法律上存在しないことになり、同組合の理事として山田等が原告から徴収した賦課金は、同人等が組合の名義を僣称して原告から受領したこととなる。従つて仮りに原告がこれによつて財産上の損害を蒙つたとしても、右は本来山田等個人と原告との間の法律関係として処理されるべきものに過ぎない。)

三、これを認可の性質からいつても、行政庁のなす農業共済組合の合併認可処分は、合併の効力発生要件の一として行われるものに過ぎず、合併それ自体に瑕疵がある場合にこれを適法且つ有効なものにするという効力をもつものでないことは勿論、その適法且つ有効であることを担保することを目的とするものでもない。従つて合併が合併議決ないしその手続に瑕疵があるため無効である場合には、仮りに認可を受けたとしても合併が無効であることに影響はないものであり、かような場合には認可は法律的には無意味なこととなるのである。そうして法律が合併議決ないしその手続の瑕疵を理由として合併の効力を争うことを禁じているふしはどこにも見当らず、しかも前記農業災害補償法第八十一条のような規定が設けられていることからいつても、認可処分自体の瑕疵を理由とせず、合併議決ないしその手続の瑕疵等を理由として合併認可処分の効力を争うことは許されないものといわなければならず、本訴は主張自体失当のものである。

四、次に、原告主張事実中、大崎農業共済組合の第七回通常総会が原告主張の日時場所において開催されたこと、同組合の理事の定数は十一名と定められていたところ、右総会において前任理事十一名の任期満了による退任に伴い原告主張のような事情で投票の方法によらずにあらたにその主張の山田等十名が理事に選任され、次いでその役員変更登記を経由したこと、その後、原告主張のように、山田等が右組合と他の三組合との合併を計画し、山田は右組合の代表者として昭和三十一年一月二十六日他の組合の代表者等との間にその合併契約を締結し、同日開催の右組合理事会において第三回臨時総会の招集を議決したうえ、組合員にその招集通知をなし、同年二月五日開催された右総会において合併議決、設立委員の選任等が行われたこと、及び被告が原告主張のように本件合併認可処分をなしたことはいずれも認める。

ところで右合併契約、合併議決、設立委員の選任等には原告主張のような瑕疵はなく、いずれも法律上有効なものである。そのゆえんは次のとおりである。すなわち、

仮りに右合併契約並びに第三回臨時総会の招集手続を行つた山田等が、第七回通常総会における役員選挙が農業災害補償法所定の投票の方法によらず無効であるため、前記組合の理事の資格を取得しなかつたものであるとしても、そのうち右山田を含めた後記五名は任期満了により退任した前任理事中から再選されたものであり、同人等は農業災害補償法第三十二条第三項により退任理事として後任の理事が就任するまでなおその職務を行うことができたものである。

そもそも、右規定の趣旨は、任期満了によつて退任した理事は、後任の理事が有効な選任手続によつて就任するまでその職務を行うことができることを定めたものにほかならず、従つて本件、のように後任の理事の選任が法律上無効とされる場合においてもなおその適用があるものというべく、かような場合同法第四十二条、民法第五十六条による仮理事の選任がなさるべきものではない。

しかりしかして、前記理事の改選により選任された十名のうち山田勝蔵、佐藤助治、横山国雄、土佐信司、藤田九平治の五名が前記のように退任した前任の理事中から再選されたものであるが、その他の退任理事中重泉三次は昭和三十年一月二十二日、阿部寅吉は同年八月十一日それぞれ死亡し翌三十一年一月二十六日の第三回臨時総会招集当時生存していた退任理事の全員は九名であつたところ、右総会の招集は前記五名を含めた十名のあらたに選任された理事の全員一致をもつて議決されたものであるから、右はとりもなおさず退任理事として理事の職務を行う者の過半数によつて決定されたものということができる。(農業災害補償法第四十二条、民法第五十二条第二項にいわゆる理事の過半数とは現実にその地位にある者の過半数の意であつて、定数のそれをいうのではない。)

しかして右第三回臨時総会においては、農業災害補償法第十八条の規定に基づき委任状を提出し代理人をもつて議決権を行使した者を含めて合計四百三十一名の組合員の出席を得たものであり、右は議決権総数七百三十八の半数以上の出席の要件をみたしていたものである。

以上の次第であるから、前記合併契約、合併議決(設立委員の選任とも)には原告主張のような瑕疵はなくいずれも有効であるから、本件合併認可処分も亦有効である。原告の請求はしよせん失当たるを免れない。かように述べた。

立証〈省略〉

理由

よつて考えるのに、

一、まず当時における農業災害補償法第八十一条(現行の同法第百四十二条の七がこれに照応する)に関する主張についていえば、右規定が設けられるに至つた主たる理由が被告主張のとおりのものであるにせよ、同規定が直接行政事件訴訟特例法第二条にいう行政処分自体に対する訴願事項を定めたものでないことはいうまでもなく、又右規定自体被告のいうようにこれによる救済を経た上でなければ裁判所による司法的救済が認められないことまでを定めた、ものとは到底解し難いところである。(もしそうでなければ、組合員は法定数の同意を得られないような場合には結局これにつき憲法により保障された裁判を受ける権利が阻まれる不当の結果を生ずることとなろう。)

二、次に訴の利益の点について見るに、被告は原告が本件合併認可処分の無効確認を訴求する利益を有しない旨主張するが、原告が合併前の三条市農業共済組合の組合員であつて合併により設立された同名の組合の組合員とされていることは被告において争わないところであり、原告は本件合併認可の無効であることが確認されることによつて右合併により設立された組合の組合員たる地位にあることを免れ、合併前の前記組合の組合員たる地位を回復することになるものであるから、右はとりもなおさず原告の法律的地位に影響があるものというべきである。〔農業共済組合は農業経営の安定、さらには農業生産力の発展を目的として設けられたものであり、組合の命令設立(同法第二十九条)、或いは組合への当然加入(同法第十六条第一項)等の制度も認められていて、一般の営利法人とはその性格を異にするものとはいえ、なお農業者等の共済ないし保険団体として、農業者が不慮の事故によつて受けることのある損失の補填という各構成員の経済的利益を目的とするもののといえる。〕従つて原告は本件合併認可処分の無効であることの確認を求める法律上の利益を有するものといわなければならない。

三、次に合併認可処分の性質についていえば、農業災害補償法第四十八条第三項により、合併は、行政庁の認可を受けなければ、その効力を生じないものとされているから、合併認可はもとよりこれにより組合員の法律的地位に直接変動を生ぜしめる行政処分として行政事件訴訟の対象たり得るものというべく、しかも同条第四項によつて準用される同法第二十五条によれば、認可は合併の手続等が同条の定める要件をみたすものと認められるときになされるものとされているから、ひつきよう、合併手続の適法有効になされることは合併認可が有効であるがためのいわば法定の条件をなすものというべく、従つて、合併認可自体に瑕疵ある場合はもとより、合併の手続上の瑕疵をもつても右認可の効力を争うことは当然許されるものと解しなければならない。

四、次に本件認可処分の効力について考えれば

(一)大崎農業共済組合の第七回通常総会が、原告主張の日時場所において開催されたこと、同組合の定款の規定による理事の定数が十一名と定められていたこと、右総会において前任の理事十一名の任期満了による退任に伴い、原告主張のような経過で投票の方法によらずにあらたにその主張の山田等十名が理事に選任されたこととされ、その旨役員変更の登記も経由したことは、いずれも当事者間に争がない。

ところで、農業共済組合の役員は、農業災害補償法第三十一条第四項の規定により無記名投票の方法によつて選挙すべきものと定められているが、これは組合の運営いかんが組合員の利害を与える影響の大なることに鑑み、その運営にあたる役員の選任ができるだけ不当な影響を受けず公正に且つ組合員の総意を反映するよう行われることを担保するため必ず該方法によつて選挙が行われることを要求し、従つてこの方法によらない選挙は無効とする法意であると考えるのが相当である。 (このことは同条第五ないし第八項において役員の選挙の施行方法につき詳細な規定をなしている一方、同法には中小企業等協同組合法第三十五条第九項(指名推選)、あるいは農業協同組合法第三十条第九項のような特別規定を設けていないことからも窺い知られるところである。)従つて、前記第七回通常総会における山田等十名の理事の選任は、この点において、強行法規に違反する無効のものであり、同人等はその役員たる地位を取得しなかつたものといわなければならない。

(二)次にその後原告主張のように、山田等が右組合と他の三組合との合併を計画し、山田が右組合の代表者として昭和三十一年一月二十六日他の組合の代表者等との間にその合併契約を締結し、山田等が組合員に対し、前記組合の第三回臨時総会の招集通知をなし、同年二月五日開催された右総会において合併議決、設立委員の選任等が行われたこと及び被告が原告主張のように本件合併認可処分をなしたことは、いずれも当事者間に争がない。

ところで右合併契約及び臨時総会の招集手続を行つた山田等十名は、前段において述べたとおり、第七回通常総会における役員の選任が無効であるため理事の地位を取得し得なかつたものであるから、この限りにおいては、同人等は右のように合併契約を締結したり、総会を招集する権限はなかつたものというべきところ、右十名のうち、山田を含めた被告主張の五名が任期満了により退任した前任の理事中から再選されたものとされていることは、当事者間に争がなく、農業災害補償法第三十二条第三項は、任期満了により退任した理事は、後任の理事が就任するまでなおその職務を行うことができる旨規定し、該規定はとりもなおさず被告のいうように、任期満了により退任した前任の理事は後任の理事が有効な選任手続によつて就任するまで理事の職務を行うことができることを定めたものにほかならないと解すべきであるから、右山田等五名は前任の理事として任期満了後もその理事としての職務権限を有していたものといわなければならない。この点につき原告は、右のような場合には、理事が欠けたるものとして仮理事選任に関する同法第四十二条、民法第五十六条の規定が適用され、退任理事が職務を行うこととした前記規定の適用があるものではない、と主張するが、民法上の法人に関する規定におけるように仮理事の選任の制度は認められるが、任期満了により退任した理事の職務執行に関する特別規定を欠く場合はともかくとして、これについても前記のように特別規定を設けている農業共済組合においては、まず該規定が適用され、ただこの場合退任理事が死亡その他の事情によつて職務を行い得ないときはじめて仮理事の選任に関する規定の準用が考えられるに過ぎないものと解するのが相当であり、このことは前段説示のように後任の理事の選任が無効であるのに拘らず原告主張のような役員変更の登記が経由された場合においてもこれを異別に取り扱うべきものとは到底解されない。しかして任期満了により退任した前任の理事十一名中被告主張の二名がそれぞれ主張の日に死亡したことは当事者間に争がないから、前記第三回臨時総会招集当時生存していた退任理事の全員は九名であつたことは明らかであり、又右総会の招集は前記第七回通常総会において右退任理事のうち前記五名を含めあらたに理事に選任されたこととされた十名の全員一致によつて決定せられたことは原告において明らかに争わず自白したものとみなすべきところであるから、結局右総会の招集については当時現存していた退任理事全員九名中五名すなわち過半数の同意があつたこととなるばかりでなく(農業災害補償法第四十二条、民法第五十二条第二項にいわゆる理事の過半数とは現実にその地位にある者の過半数をいい定数のそれをいうのでないことは規定の解釈上けだし当然である。)、更に本件にあらわれた全証拠に徴してみても、右総会の招集に与らなかつた他の退任理事四名において右総会の開催について特に異議を述べたような形跡も見当らない。(しかも当時、大崎農業共済組合においては前記理事選任の手続違背を関係当局から指摘されその再選を促がされていて、そのためからも右臨時総会の開催が喫緊のこととされていたことは、いずれも成立に争がない甲第十一号証、同第十五号証及び弁論の全趣旨に徴しこれを認めることができる。)もとより、右総会の招集には、前記のとおり退任理事九名中四名がこれに加わつていない一方、退任理事にあらずして選任されたものとされる他の五名がこれに関与し、更には退任理事にして再選されたものとされる山田等五名にしても、もともと退任理事のなす職務執行として前記合併契約、総会の招集等をなしたものではなく、たまたま右のような職務を行い得る地位に置かれた際にこれを行つたものに過ぎないともいえるが、そうだからといつて、前記のような事情の下においては、他に特段の主張立証がないかぎり、右合併契約が原告主張のように権限なくしてなされたものとして無効とされたり、又右総会における合併議決、設立委員の選任等がその主張のように法律上不存在ないし無効とされるような重大な瑕疵があつたものとは、到底認め難いところである。(これを実質的に見てもそれにより右議決の結果等にはなんらの影響を及ぼさなかつたものと認めるのが相当である。)

しかりしかして右総会開催当時における大崎農業共済組合の議決権総数が七百三十八であり、右総会における組合員の本人出席が二百九十八名、代理人をもつて議決権を行使した組合員が百三十三名であつたことは、いずれも当事者間に争がなく、代理人をもつて議決権を行う者は農業災害補償法第十八条第二項により出席者とみなされるから、右総会における出席者は合計四百三十一名であつたこととなり、議決権総数の過半数に達したものである。従つて右総会が議決権総数の半数以上の出席という要件をみたしていなかつたとする原告の主張も採用できない。

しからば、右総会における合併議決、設立委員の選任及びこれに先だつ合併契約の締結等をもつて法律上不存在ないし無効のものとなし、これを前提として本件合併認可処分の無効であることの確認を求める原告の本訴請求は、その理由がないことは明らかであるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 三和田大士 唐松寛 藤田耕三)

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